X線(レントゲン)撮影を行わずに根管治療(根の治療)をすることは、地図を持たずに初めての冒険に旅立つようなものです。根管治療においてX線撮影は必要不可欠な位置を占めていますので、撮影をせずに治療することは非常に危険を伴うことになります。
現在では、根管治療におけるX線撮影は妊娠中であっても問題がないことは科学的に証明されています。
-なぜX線撮影を行う必要があるのか
<病態の把握>
まず、治療の前提として、可及的に正確な治療を行うためにはその歯がどのような状態にあるのかを介入前に診査し、診断を下す必要があります。治療法の選択肢はこの診断に基づいたものでなければなりません。正しい診断のためには正確な診査が必要なわけです。特に歯の神経の治療は直接見えない部分が多いため、それを助けてくれるX線診査は非常に有効です。この手順を省くと診断のつかない状態で治療に着手することになるばかりか、間違った治療になる恐れがありますので非常に危険です。
<解剖学的な形態の把握>
(術前:症例提供 牛島寛)
歯の根の本数や形、またその内部にある神経の通り道(根管)の形態は非常に複雑です。しかも、バリエーションに富みひとつとして同じものはありません。また、既に治療が施されていると元々の形態からかなり変化が起こっていることもあり、治療の難易度にも影響します。
<治療のステップ毎の確認>
(術中:症例提供 牛島寛)
治療の最中は、根の形態や内部の状態の把握など、正しく治療を行う上で必要に応じて段階ごとにチェック項目があります。そのひとつの例として、歯の根の長さを可及的に正確に知ることの必要性をご紹介しましょう。
1963年にSeltzer&Benderは2784人の患者(約3000人)に対して治療の質についての調査を行いました。根管治療では歯の内部の神経を除去しますので、そのスペースに人工材料を充填するのですが、歯の根の長さを超えた充填は、歯の内部でうまく収めたもの(87.2%)や丁度(86.8%)のものより、低い成功率(70.6%)を示し、統計的に有意差があることが示されています。つまり、これらの統計的なデータを考慮して歯の長さを可及的に正確に測定し最も高い成功率になるよう配慮するためには、正しい根の長さを知ることが必要なのです。また、歯の根の先端の形態は非常に複雑で繊細なため、X線でその長さや湾曲方向、角度を予測せずに乱暴な器具操作を行ってしまうと根の先端を壊してしまったり本来の方向から逸脱してしまうこともあり、良くない結果を招いてしまうかもしれません。このように、ステップ毎に正しく治療が行えているかどうかを確認しながら安全に治療を行うことは歯を残すために重要なのです。
<治療後の評価>
(術後:症例提供 牛島寛)
治療後は、治療が適切に行われたのか、また、結果的に治癒しているかを評価するためにX線撮影が必要になります。仮に症状が治まったとしても、無症状のまま病気が進行することもあるため、客観的な評価によって治療の質を判断します。
このように、根管治療においては治療前、治療中、治療後と複数回のX線撮影が必要になりますが、現在では装置の発達もあり非常に安全性は高いといえます。
被曝量はどの程度か
放射線量の単位として用いられるSv「シーベルト」は放射線の人体への影響、被ばく線量を表します。ミリシーベルト(mSv)はその1/1000の単位、マイクロシーベルト(μSv)は1/1000000です。日本国内での自然放射線量の年間平均は2.1mSv(出典:放射線医学研究所「放射線被曝の早見」)です。歯科のデンタルX線撮影では 0.005~0.02mSv(国際放射線防護委員会2007年勧告)とされており、日常生活上のリスクレベルは心配しなくてもよい範囲の線量だと考えられます。
参考:http://www.nirs.qst.go.jp/data/pdf/hayamizu/j/20160401.pdf
放射線のリスクだけを考えると、X線撮影を行わなければ実際の被曝を受けなくて済みますので低リスクだといえますが、上述したとおり撮影せずに治療した場合の問題点を考慮すると結果的に根管治療自体のリスクは上がります。根管治療におけるX撮影は多くの情報を我々にもたらしてくれるもので、精密な治療を行うためには欠かせません。積極的に歯を保存するために根管治療を選択した場合、総合的に治療をするリスクと治療によって受ける恩恵のバランスを考慮して、情報が不足した状態で治療するよりも撮影をきちんと行って治療することが推奨されます。
とはいえ、お子さんのことを考えると出来るだけ避けたいというのが本音だと思います。
レントゲン撮影をせずにリスクのある根管治療を選択するぐらいならなら「治療をしない」というのも、かかりつけ医との十分な相談の上であればひとつの選択肢です。
妊娠中に行う必要がある治療なのかどうか、出産後まで待ってもよいものか、ご遠慮なくご相談いただければと思います。
参考文献