A. 基本的に神経を取る治療の時は抗生物質の前投与は必要ありません。ただし感染根管治療の際には医科との連携により、前投与が必要か確認することをお勧めします。
①心臓に病気があると何に注意すべきなのか
心臓に病気を抱えている際に怖いのが感染性心内膜炎で、弁膜疾患や先天性心疾患にともなう異常血流、人工弁置換術などの異物の影響で、もともと部位によっては塞栓を作りやすい状況のため、高い発症率ではありませんが、塞栓部や逆流血流部に細菌が付着しやすく、増殖してしまう結果として、感染性心内膜炎を引き起こすリスクが増加するからです。
したがって細菌に対し留意が必要です。
②歯科と細菌の関係とは
代表的な歯科の2大疾患で、口腔内の常在菌によって虫歯と歯周病が引き起こされることが知られています。
むし歯は歯の表層のエナメル質を表面につく菌が産生する酸によって破壊される(脱灰)ことから始まり、破壊が進行すると内面の象牙質まで達します。さらに進行し象牙質が破壊されると、歯髄(いわゆる歯の神経)に達し、細菌が侵入できるようになってしまいます。
歯周病は歯周組織を形成する歯肉・歯根膜・歯槽骨・セメント質が破壊される病気を指し、初期段階の歯肉炎では歯肉がひどく腫脹し、刺激を与えると出血します。さらに病気の進行により腫脹が激しくなると、歯を支える骨が破壊され歯周ポケットが深くなり、より病原性の高い細菌が暮らしやすくなる環境が整ってしまいます。
③ではなぜ心臓の病気と歯科とが関係するのか
①と②を踏まえて歯科治療との関係性を整理すると、出血を伴ったり根尖を超える侵襲的な処置や、歯石除去、抜歯、インプラントなどの一般の口腔外科処置、観血処置は全身への細菌感染リスク、つまり血液に対して細菌感染を引き起こすことが予想されます(いわゆる菌血症。本来無菌であるはずの血液中に細菌が宿る状態)。また極端に虫歯が悪化した状態での感染根管治療なども菌血症のリスクがあるとも考えられています。
したがって、菌血症を起こした結果、感染性心内膜炎を起こさないよう、抗菌薬の術前投与を必要とすることがあるのです。
以下に菌血症の発症率の一例を示します。
感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(日本循環器学会 2017年改訂版より抜粋)
抗菌薬投与への見直しは常に行われており、現在、日本循環器学会が歯科治療において抗菌薬を投与すべきかどうか目安となる表を掲載しておきます。歯科治療の内容によって抗菌薬を投与するか否か、というよりも循環器の病態によって抗菌薬を投与を推奨するかを決定する、というような流れに変化しているように見えます。
(日本循環器学会 2017年改訂版 p55より抜粋)
④神経を取る処置(抜髄処置)に関して抗生剤の前投与は必要か?
お口の中の清掃をしっかり行い口腔衛生状態を整え、歯肉炎がない状態でラバーダム処置をはじめとする無菌的処置下にて抜髄処置を行う際には、歯髄腔への感染はあったとしても低リスクと考えられ、根管内の神経を取る処置は適切に行えば根尖を超える大きな侵襲を伴う処置ではないので、抗生物質の前投与は必要ないと考えられます。
しかし感染根管治療の場合には細菌が存在していることは明らかですので、患者様のリスクを最小限に抑えるために、心疾患を担当する医師・医科との連携が必要になってくるかも知れません。
歯内療法専門医を受診される際には、患者様の全身疾患に関して詳しく問診を致しますし、また患者様も医科からの他科を受診される際の申し送り事項などをお話しいただければ治療がスムーズに進むと思われるので、ご理解とご協力をくださるようお願いいたします。