A. 顕微鏡を使用する/しない以前に「守るべきコンセプト」があり、また「顕微鏡を使ったら絶対治る」ものでもありません。しかし治療の成功率をあげるためには顕微鏡の使用は欠かせません
近年、歯科医院で顕微鏡(マイクロスコープ)が導入されています。顕微鏡を歯内療法にも応用する歯科医院も増えてますが、顕微鏡の使用/不使用よりも、もっと根本的な歯内療法をおこなう上で守るべきルール、コンセプトがあります。
それは無菌的処置です。
過去の当コラムでも触れてますが、ラバーダム防湿・隔壁作製・各種滅菌器具(あるいはディスポーザブル)・正しい仮封など、無菌的処置に包括された中で診療を行なわないと例え顕微鏡を使用したとしても、治療の成功には結びつかないでしょう。また顕微鏡はあくまでも道具ですので正確なトレーニングを積んで正しく使用されていることも重要なポイントとなります。
(ペンシルバニア大学にてマイクロスコープのトレーニング中)
したがって無菌的処置がおこなわれているという前提で、さらに顕微鏡の正確なトレーニングを積んでいる歯科医師であればどのような点で歯内療法に役立つか、を見ていきましょう。
(1)顕微鏡を使用するメリットは?
人間の目には限界があり、根管治療は歯科治療の中でも特に正確さを必要とするため、顕微鏡なしに正確な治療をすることは困難です。ではどのようなメリットをもたらすのでしょうか。
・歯を削る量を少なくできる
歯を保存するために内部の構造を観察しながら、虫歯の切削や適切な根管治療を行うためにどうしても切削が必要な部分は確実に削る必要があり、これを肉眼のみで行うよりも顕微鏡を使用したほうが結果として必要最小限の切削量で健全な歯質の保存に役立ちます。
・解剖学的な形態の把握に役立つ(見落とし根管、MB2など)
根管治療では細菌を除去するため、根管の複雑な内部を綺麗にする必要があります。また歯は種類によって根管の数も異なり、バリエーションも様々です。
正確に治療を行うため術前にレントゲン写真によりその根管の数をある程度把握するのは当然として、術中も顕微鏡を使用すれば見落としている根管がないかより正確に確認することができます。
例えば上顎第一大臼歯はMB2と言われる根管があり、肉眼は51%、顕微鏡を使用することで82%まで探索率が向上したという論文もあります。⑴
以前の治療で見逃された根管の探索
(高橋宏征先生)
・破折の視認、根管内異物の除去に役立つ
X線あるいはCT画像は診断の助けとなりますが、歯が割れる=破折が疑われる場合には、破折線を視認することが確定診断となります。肉眼で視認できるものもありますが、細かな破折は着色をし顕微鏡で注意深く観察する必要があります。
また根管内にある異物等も、可視化できれば除去できる可能性が高まりますので顕微鏡の使用が大きな助けとなります⑶。
根管治療時の破折の視認(下田隆史先生)
(2)顕微鏡使用の有無で成功率に差があるのか?
成功率に「差はない」/「差がある」という両方の意見がありますが、治療前の条件が良くない程、顕微鏡使用の効果が出ている傾向にあります。
・非外科的歯内療法(通常の歯内療法)の場合
生活歯髄、失活歯髄で根尖病変無しという条件でイニシャルトリートメント(初めての根管治療)を無菌的処置下でおこなうと、顕微鏡使/不使用にかかわらずどちらも非常に高い成功率との報告があります⑷⑸。また2009年と2015年のコクランレビューを調査した結果、顕微鏡使用による成功率に差は無いと報告されています⑹⑺。これは無菌的環境下で行われる歯内療法は元々高い成功率であるため差が出ないものと思われます。
一方で2015年のある論文では同じイニシャルトリートメント(初めての根管治療)でも歯髄壊死、あるいはすでに根尖病変が存在している時の顕微鏡使用の有無で成功率に差が出るかを調べたところ、経過6ヶ月では94.8%対87.5%、18ヶ月では95.9%対91.9%と顕微鏡の有用性が成功率の差として出ました⑻。
・外科的歯内療法の場合
いわゆるルーペ(術者がメガネのような拡大鏡をつける)と顕微鏡とでは成功率に差が出ないという意見があります⑼。
一方で「裸眼とアマルガム充填」によるもの、「ルーペとバイオコンパチブルな充填剤(生体親和性の高い材料)を併用するもの」、「顕微鏡とバイオコンパチブルな充填剤(生体親和性の高い材料)を併用」するものでは、それぞれ59%、88.1%、93.5%と裸眼<ルーペ<顕微鏡の順で成功率が高いという結果でした⑽(11)。
未処置の部分の視認(高橋宏征先生)
(3)ではなぜ顕微鏡使用は欠かせない、と言えるのか?
過去20年で急速に歯内療法での有用性が認識された顕微鏡。北米では歯内療法専門医になるための顕微鏡の卒後教育が1998年に義務付けられ、米国歯内療法学会でも歯内療法における顕微鏡の使用を勧告しています。北米で1999年には歯内療法専門医での使用率が約52%だったのが、2007年の調査で約90%にまで上昇している⑶ことが、いかに有用であるかをあらわしています。
さらに2005年以降、北米で研修内容が「(ルーペ等の)拡大ツールの使用」から「顕微鏡の使用」と書き換えられました。理由として、「卒後研修に適切な拡大率と照度を確実に提供するために、ルーペより確実な顕微鏡を使用すること」と明記されています。
注意すべきは北米の卒後教育からわかるように、顕微鏡を「正しく」使えなければ歯内療法には役に立たない、ということです。無菌的処置を含め正しいコンセプトの下で顕微鏡を使わないと歯内療法の成功には繋がりません。
非外科的歯内療法における診査・診断、歯質の削除量、見逃しを無くすという面で有用性が明らかですし、歯内療法の最後の砦である外科的歯内療法を考えると顕微鏡併用無くしては成功しない、と言っても良いでしょう。
歯内療法でお困りの際には、無菌的処置下において顕微鏡も含め正確なトレーニングを積んでいる歯内療法専門医が在籍している歯科医院での治療をお勧めします。