A. 非歯原性疼痛(非歯原性歯痛)と呼ばれる歯が原因でない痛み(疼痛)の場合があります。
痛みを主訴に来院される患者さんの痛みを和らげるため、歯科医師は日々努力をしています。
しかし来院される中で約3%が非歯原性疼痛と呼ばれる痛みで、約9%が非歯原性疼痛と歯原性疼痛が混在していると言われています。非歯原性疼痛は原因が不確かなものが数多く、診査・診断・治療が困難であること多いのです。
ある報告では、1995~2007年に3か月以上続く慢性疼痛の患者さん58名:129歯のうち少なくとも歯が原因ではない疼痛は、39歯(30%)でした。決して低くない数字です。
◯歯原性疼痛
歯および歯周組織の何らかの異常で、引き起こされる痛み
◯非歯原性疼痛
歯および歯周組織に原因がないのに、引き起こされる痛み
非歯原性疼痛の種類、原因、臨床症状3)より引用を列挙します。
1.筋・筋膜性疼痛 | |
【原因疾患】 | 咬筋・側頭筋・胸鎖乳突筋・僧帽筋の筋・筋膜痛 |
【原因】 | 疲労した筋に痛みを引き起こすトリガーポイント |
【臨床症状】 | 自発痛で持続型の鈍痛の歯痛や頭痛など |
2.神経障害性疼痛 | |
【原因疾患】 | 三叉神経痛、帯状疱疹など |
【原因】 | 三叉神経痛:血管や腫瘍が三叉神経根を圧迫するなどの結果
帯状疱疹:ウィルスが神経を破壊する神経炎 幻歯痛:神経損傷(求心路遮断性疼痛) |
【臨床症状】 | 三叉神経痛の場合は電撃様疼痛であり、ある特定の部位への刺激で発作的な激烈な痛みが数秒間続くことが多いです。帯状疱疹などでは健康な歯に持続性の歯痛が起こるが知られています。歯の神経を取る抜髄や抜歯の後に、持続的疼痛や不快感、灼熱痛が出る幻歯痛も知られています。 |
3. 神経血管性歯痛 | |
【原因疾患】 | 片頭痛・ 群発頭痛など |
【原因】 | 三叉神経領域の何らかの刺激によるもの |
【臨床症状】 | 上顎臼歯部の拍動性自発痛が一般的ですが稀に下顎犬歯にも発現したとの報告もあります。偏頭痛の際の嘔吐感と連動して歯痛が起こる場合が多いです。 |
4. 上顎洞性歯痛 | |
【原因疾患】 | 急性上顎洞炎・上顎洞および周辺組織の炎症、上顎洞癌の初期・術後性上顎嚢胞 |
【原因】 | 上顎洞の内圧が亢進とその関連痛 |
【臨床症状】 | 冷水痛、咀嚼時痛が認められ、嚙みしめで違和感が生じると言われています。 |
5. 心筋梗塞・狭心症などの心疾患 | |
【原因疾患】 | 心筋梗塞・狭心症など虚血性心疾患や動脈解離、心膜炎、肺がんなど胸部疾患 |
【原因】 | 心筋からの迷走神経を通じた関連痛として上部顔面痛が起こる |
【臨床症状】 | 心発作時に広範囲な歯痛を生じ、また狭心症では胸部の圧迫感と連動して両側性の歯痛があると報告されています。歯原性の「拍動痛」「疼き」に対して心疾患は「圧迫痛」「灼熱痛」であり、身体活動の活発化で悪化、休息で軽減、両側性等などの特徴を持っているなどがあります。 |
6. 精神疾患または心理社会的要因による歯痛 | |
【原因疾患】 | 不安や抑うつの身体化やパーソナリティー障害の身体化 |
【原因】 | 不明。過去の情動や経験・過去の記憶が関連して中枢で生じるのではないかと言われています。他にも中枢のセロトニン、ノルアドレナリン系神経ネットワークが関連しているなどの諸説あります。精神障害・心理障害と非定型歯痛の関連も指摘されています。 |
【臨床症状】 | 両側性・持続性・遷延性歯痛で感情的な要因と症状が関連すると言われています |
7. 特発性歯痛(非定型歯痛を含む) | |
【原因疾患】 | 不明 |
【原因】 | 歯や歯肉に外傷の既往がなくても発症することから、末梢の神経障害ではなく、中枢における疼痛処理過程で痛みの修飾や増幅が生じることが原因と言われています。非定型歯痛は非定型顔面痛の一種とも言われ他の慢性痛も共存している場合があります。 |
【臨床症状】 | 抜歯後に発生する灼熱痛や4カ月以上続く原因不明の歯痛や根管治療後あるいは抜歯後6か月以上続く慢性痛であると言われています。 |
歯原性疼痛と非歯原性疼痛の大まかな違いを表で示します2)。
歯原性疼痛 | 非歯原性疼痛 | |
原因 | はっきりしている
虫歯・歯根破折・修復物等々、 レントゲンでわかる |
不明 |
局所麻酔 | 奏功 | 効果がない(ただし、一部局所麻酔が奏功する非歯原性疼痛あり) |
痛みの範囲 | 片側性 | 正中を超えることがある |
痛みの表現 | ズキズキ、脈を打つような、鈍痛、押すと痛い、鋭い痛み等々 | 刺すような、焼けるような、チクチクする、電気が走るような等々 |
非歯原性疼痛は訴えである痛みの原因が「非歯原性」である、と発見すること自体が非常に困難なうえ、さらに「歯原性疼痛と非歯原性疼痛の混在」という、一層複雑な状況もあり得ます。
①非歯原性疼痛単独を疑う場合
痛みの原因が本当に歯あるいは歯周組織にあるのかないのかを確定するために必要な診査を行い、時として見極める時間を作るため、経過を観察します。
時間をかけ待機的に原因を突き止める診査
↓
痛みの「真」の原因=非歯原性疼痛であるという診断
↓
口腔顔面痛専門医と連携し、原因疾患の治療
②歯原性疼痛と、非歯原性疼痛の両者の混在が疑われる場合
まず歯原性疼痛を徹底的に取り去る歯内療法を行います。直ちに行うか、待機的に行うかは状況により異なります。
歯および歯周組織が原因=「歯原性疼痛」を歯内療法により解決
↓
それでもなお残る痛み
↓
歯および歯周組織が原因ではない=「非歯原性疼痛」
↓
口腔顔面痛専門医と連携し、原因疾患の治療
訴える痛みのうち、歯原性の問題は取り去り、なお残る痛み(疼痛)はそれ以上歯の治療は行っても改善は期待できない、と判断することも専門医の仕事です。歯原性の問題をまず解決できなければ真の痛みの原因を発見しにくいのも歯原性・非歯原性疼痛の混在する場合の特徴ですから、歯に問題があれば歯内療法、すなわち根管治療と外科的歯内療法で歯の問題を解決します。
非歯原性疼痛は前述したように原因疾患が歯と歯周組織とは別にあるため、かかりつけ医・歯科医以外にも口腔顔面痛専門医を頼ることも多いです。ただ特殊な領域で、口腔顔面痛専門医が勤務している病院を探すのは地域によっては困難なのが実情です。
口腔顔面痛専門医と連携したお近くの歯内療法専門医なら、そのネットワークを活かして歯が痛みの原因でない非歯原性疼痛を解決に向けたお手伝いが可能かもしれませんので、ご相談ください。
1)石井宏 世界基準の臨床歯内療法 医歯薬出版 2015年第一版
2) Rosenberg, Paul A. “Endodontic pain.” Endodontic Topics 30.1 (2014): 75-98.