骨粗鬆症の治療で、病院から出されているお薬の名前を見てみてください。
『ボナロン』『ベネット』『フォサマック』などというお薬でしたら、それは
”ビスフォスフォネート製剤(以下BP製剤)”と呼ばれる種類のお薬です。
このBP製剤は飲み薬や、注射薬などがあり、骨粗鬆症の予防や治療に使われるだけでなく、骨の病気や、癌の骨転移の進行抑制などでも使用されています。
国内では100万人以上と多くの方がこれらのお薬を使用していると報告されていますが、このBP製剤を服用している患者様は歯科治療を受ける際に、注意が必要な場合があります。
というのは、外科的な歯科治療後に「薬剤関連顎骨壊死」という重篤な合併症の発現リスクが服用していない患者様に比べて高いことがわかっています。
これはどういうことか、簡単にご説明しますと、抜歯等、歯科での外科処置後の骨の治りが悪くなり、その後、骨が壊死してしまう合併症です。
*さらに近年、BP製剤以外にも癌の骨転移(こつてんい)や骨髄腫(こつずいしゅ)の治療に使用される『ランマーク』などの分子標的薬と呼ばれる薬が同様の合併症の発現リスクが高いことが明らかになっています。
この合併症に関しては現在研究が少なく、はっきりとした答えがでていない部分が多いのですが、現段階で報告されている範囲で『Q.骨粗鬆症の薬を飲んでいますが根の治療はできますか?』という問いに回答していきたいと思います。
BP製剤を使用している人には必ずこの合併症が起こるのでしょうか?
いいえ、すべての人に起こるわけでありません。
お薬をどのくらいの期間使用しているか、どのような目的で使用しているか、どの種類のお薬を使用しているか、などによっても発症のリスクが違うということも報告されています。
特に合併症が起こりやすいと報告されているケースは
癌の骨転移(こつてんい)や骨髄腫の治療として一定期間BP製剤や分子標的治療薬を使用している患者様が、①抜歯やインプラントなどのお口の中の外科手術をお受けになられた場合はリスクが高いことが分かっています。
また、②お口の中の衛生状態が悪く、細菌が多く存在しているような環境は、歯周病が進行し、歯を支える骨に炎症が起こりますので、合併症発症のリスクが報告されています。
また、糖尿病や過度の飲酒、喫煙、などの全身的要素も大きく関わってくると言われています。
ですので、骨粗鬆症の予防としてBP製剤を服用している場合で、お口の中の衛生状態が良好であれば合併症出現リスクは低いのではないかと考えられます。
歯科の治療では、どういう時に注意が必要なのでしょうか?
歯の治療の中では、抜歯やインプラントなどのお口の中の外科手術(とくに骨に侵襲を及ぼすような治療)が合併症を発生するリスクがもっとも大きいと言われています。
こういった処置が必要な場合には注意が必要です。
もしも上記のような治療を受ける必要がある場合は、BP製剤や分子標的治療薬を、どのような目的でどのくらいの期間使用しているか、担当の歯科医師にお伝えしてください。場合によっては医科の主治医の先生と連携を取りながらお口の中の外科的な治療の計画をたてる必要があるでしょう。
根管治療は受けない方がいいのでしょうか?
根管治療はお口の中の外科手術ではありません。また骨に直接触れる処置もありません。ですので、これまでご説明してきたような合併症が発生するリスクは低いと言えるでしょう。むしろ正しい根管治療を行うことで、より合併症の発生リスクが高い、抜歯を回避(外科処置をおこなわなくてよい、骨に侵襲を与えなくてすむ)することができれば、合併症の予防手段としては非常に有効になるといえます。
ただし、外科処置でないから、リスクが少ないから、といって、BP製剤の服用を伏せたりはしないようにお願いします。
根管治療が合併症(顎骨壊死)の誘発因子となるという報告も極稀ですが存在しますし、
また、根管治療時に注意するべきこととして、
『ラバーダム装着時に歯肉を傷つけない』
『根尖(根の先端の穴)の周りの組織に器具が触れないようにする』
などが報告されています。
必ず歯科医師に内服薬や注射薬の使用の有無については患者様から伝えていただく必要があります。
根管治療で治らない場合には外科的処置が必要になる場合がありますので注意が必要です
通常の根管治療で根っこの病気がなおる成功率は約70~80%です。根管治療ですべての根の病気がなおるとは限りません。根の病気が治らない場合には再び根管治療を行うのではなく、外科処置に移行します。
この手術は歯根端切除術という手術がメインになりますが、歯根切除により合併症(顎骨壊死)が出現するという数例の報告があります。歯根端切除術は骨に触れる操作がありますので、通常の根管治療と比べると、合併症のリスクは高くなると言えるでしょう。
けれども、根の病気がなおらず、感染状態を放置することになった場合、そのことも合併症のリスクになります。
手術をおこなうことも合併症のリスクになり、手術をおこなわないで感染状態を放置することも合併症のリスクとなりえます。
このような状況下では、担当の歯科医師と医科の主治医とでコミュニケーションをはかり、全身状態、投薬期間、年齢、口腔衛生状態などを考慮し、リスクとベネフィットを天秤にかけ、外科処置を行うかどうかの総合的な判断が必要になります。
薬剤関連性顎骨壊死については患者様、医師、歯科医師の3者が情報を共有し対応することがとても重要なのです。
執筆者:濱田 泰子(PESCJ7期)
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